釣りが好きな人にとってオフシーズンは一歩間違えると何も生まない無駄な時間になりがちですが、そんなときにもやはり読書が救いになってくれます。
この記事では23~24オフシーズンに読んで印象に残った本を僭越ながらご紹介させていただきます。もっとたくさん読んだのですが、忘れちゃったので覚えているものだけです。
「ボクの手塚治虫」矢口高雄
恥ずかしながら初めて読みました。釣りキチ三平で有名な矢口先生が、手塚治虫への思いをアツくアツく語った作品です。本当にアツいです。
母を通したマンガ本との出会い、手塚作品との衝撃的な出会い、そして最終的に自身が漫画家となって憧れの巨匠手塚治虫と対面するまでを描いた作品です。
娯楽の少ない戦中の山村で生まれ育った作者にとって、マンガ本は数少ない娯楽でした。同じ作品をセリフをすべて覚えてしまうまで何度も何度も擦り切れるまで読み返し、それに飽き足らず模写もしつくしてしまう。
少年期に夢中になった手塚作品をご自身が描いて紹介しているのですが、その試みもまた新鮮です。「流線形事件」「メトロポリス」などが矢口先生のタッチ蘇ります。
友人宅の便所紙(雑誌の類は1ページずつ破いてトイレットペーパーとして使用していた)となった雑誌を臭い便所で夢中で読むさまは、ものがなかった時代の苦労を象徴するとともに、ちょっとうらやましくさえ感じます。
そのほかにもたくさんの印象的なエピソードがあります。
山で過酷な肉体労働をして得たお金を握りしめて、片道20キロの豪雪の山道を、町の書店まで漫画雑誌を求めて通ったこと。自筆のイラストを描いた年賀状を手塚治虫に宛てたことなど数えあげればきりがありません。
矢口先生は青春時代を描いた作品を多数世に出されていますが、正直なところ私にはそれらは眩しすぎなのです。朗らかで素直な、絵にかいたような優等生な矢口少年は、私にとっては少々現実離れしています。
でもこの作品は手塚治虫へのあこがれとマンガへの愛を中心に描かれているので、他作品に比べて夢中になって一気に読んでしまいました。もちろん、読後にはさめざめと泣きました。
ボリューム、ストーリー、細部まで丁寧に描かれた山村の背景、必読の一冊だと思います。まだの方はぜひ読んでみてください。
「北海の狩猟者~羆撃ちと山釣りに明け暮れたある開拓者の記録」西村 武重
昭和42年に初版が発行された古い本ですが、最近電子書籍化されたみたいで読む機会に恵まれました。
著者は明治中期に父とともに香川から北海道に移住し、青年時代から北海道、特に道東の山河を狩猟をしながら渡り歩いたプロの狩猟者です。
今から100年以上前の北海道の山と川をとてもリアルに感じることができる一冊です。川を歩けば向う脛にオショロコマが次々とぶつかり、イワナ、ヤマメは飽きるほどに釣れ、シーズンともなると遡上するサケマスで川が黒くなる...
でも、今の我々のような「自然っていいよねー」と能天気に楽しむライトユーザーは決して立ち入ることができない、人を寄せ付けないそれこそ厳しい自然、深い山と幽谷の清流が残っていたことを知ることができます。
著者は狩り尽くしています。今だった確実に炎上ものですが、当時はもちろん住人も狩猟者も少なくて自然の再生力も人間が消費する量よりも圧倒的に多かった時代です。数十羽のオオハクチョウを打ちまくった描写などは、今なら保護団体が黙っていないでしょう。
この本が面白い理由、それは著者西村武重さんの知識、それも学識ではなくフィールドで得た生きた知識とそれを文章化する並外れた描写力にあると思います。
そして何よりも、狩猟側から見たヒグマの生態は、私たちにとっては遭遇を避けるための貴重な知識となってくれます。釣りの話も多いのですが、なんせ魚がわんさかいる時代の話なので、その点に関してはあまり役に立つ記述はありません。
3mを超えるイトウは本当に存在したのだろうか。著者も危うく喰われそうになったエピソードを読んでいると、釣りの対象魚というよりは、ワニやカバのような河原の危険生物のタグイだったんだなと感じます。
読み物として面白いばかりではなく、これからの北海道の山と川のあり方を考えさせられる貴重な記録だと感じました。
「トラウトルアー釣り超思考法」飯田重祐著
プロのアングラーが書いた本です。特にトラウトルアーをやっていて、何か行き詰まりや悩みを抱えている人にとっては、ヒントや解決策をもたらしてくれるであろう面白い本です。
私は毛ばりの釣りがメインですが、それでもやはりプロのこだわりと視点というものは大変参考になったし、目からうろこでした。
雑誌やテレビの取材という是が非でも釣らなくてはいけない場面でバーブレスのシングルフックを使う理由を以下のように説明しています。
カエシのないフックはバラシのリスクは確かにあるのですが、フッキング性能は最高です。バレるからカエシ付きを使うのではなく、刺さりやすいからシングル・バーブレスを使う。
通過してしまえばバレる可能性を減らす効果を発揮するのがカエシというものであって、アタリを確実にフッキングすることはまた別の話となります。もっとも刺さりやすいのはシングルのバーブレスというのは大いにうなずけます。
このほかにも、空中でのルアーの軌道までに意識をむけるその姿勢、どこまでも探求心を忘れないそのメンタルは、まさにプロ。ここまではさすがに私のような素人には無理ですが、たくさんのヒントが載っているのでぜひ手に取ってみてください。
釣りをさらに楽しめるようになるでしょう。
「藤田嗣治~異邦人の生涯」近藤史人
藤田嗣治という不世出の大芸術家の生涯を、仔細まで取材と検証を重ねて書かれた大作です。
作品と思想への偏った批評を排除し、あくまでも「特徴と事実」が淡々と丁寧に描かれています。
私は美術への造詣が超浅いので、もちろん藤田嗣治についても全く知らずに、ただ前髪がそろったネコ派のイロモノ芸術家だと思っていました。が、この本を読んで正反対の印象に変わった次第です。
パリの画壇が激アツだった時代に偶然そこにいたのではない。彼だからこそ激戦の美術界で頭角を現すことができた。最初に紹介した矢口高雄さん、手塚治虫さんと同様に、質と量両面においてまぎれもない天才芸術家でした。そしてフジタの場合は作品の大きさも群を抜いています。圧倒的スケール感。
ルーツというか、自分に流れている血に帰るというか、それを意識して自分の作品に武器として取り入れることは、外をから自分を見る経験をした人にしかできないことでしょう。輪郭線と陶器のような白は彼の中にある日本性から生まれたものだと知ることができました。
美大時代の作品は、中学校の美術の教科書に掲載されそうな、いかにもといった西洋画でした。言うまでもなくその時点で圧倒的な表現力なのでしょうが、そのまま当時日本美術界の中心だった黒田清輝の一派に属することを潔しとせず、芸術家として己の美を探求したアツい芸術家の後姿を追うことができます。
確実に元気をもらえる一冊です。こんな一生を送れたらどんなに素晴らしいだろうかと、超小粒なわたしはただただ夢想し関心するばかりです。