ブルースからロックに進化した60年代。サイケでプログレな70年代、ただ速くなっただけの80年代。やたら暗くなった90年代。そして00年代、ミクスチャーの到来で一応ロックの進化は終了した、と一般的には言われています。
それ以降はロックも完全なるポストモダンの時代で、これまで登場したジャンルをパッチワークのように組みあわせて音楽を作っていく時代になりました。
私は、ただロックが速く暗くなっただけだとされる、8090年代の音が好きなのです。
この記事では、メジャーではありながらも見落とされがちな、80s 90s のパンク、ハードコア寄りの名盤をご紹介していきます。
ロックに興味を持ち始めたすべての人に読んでもらいたい記事です。
「Land Speed Record」 Hüsker Dü /1981
正直悪趣味なタイトルとジャケットで、この時点で受け付けない人が多いと思います。
ハスカードゥの名前自体は聞いたことがあるけど、実際に聴いていたという人は意外に少ないのではないでしょうか。多くのパンクバンドが「影響を受けたバンド」として挙げるのですが、一般の我々にはちょっととっつきにくい印象がある、それは事実だと思います。
ちなみに私は1981年生まれです。このアルバムの発売年。だから世代ではありません。
やっぱり名盤は「Zen Arcade」か「Metal Circus」なんじゃないかと思います。でも私はハスカードゥから一枚だけ選べと言われたら、迷うことなくこの「Land Speed Record」をあげます。
今では YouTube で簡単に聞くことができますが、私が二十歳前後、2000年あたりではこういったCDを北海道の片隅で探すのはそれはもう大変なことで、中古ショップで偶然見つけて「あ、ハスカードゥのアルバムだ」と思って手に取り、暗く狭い下宿の居室に帰って初めて聞いた時の興奮は今でも忘れられません。
なんだこれ、いままで僕が聴いてきたものはパンクでもハードコアでもなかったんだな、というのが率直な感想。
こんな爆発力と衝動に溢れた音楽に出会ったことはなかった。
今でもたまに聴きますが、その印象は変わりません。20歳前後の男が持っている「特異なもの」をここまで実態にしているケースはまれだと思います。音楽という流れていくものですが、博物館に展示したいような性質のものです。
この衝撃的なファーストアルバムの演奏は、ドラムとベースが主役のたたみかけるような2ビートが特徴的です。起伏に富んでいるという表現がぴったりかな。そこにワラワラメラメラとギターが絡みついてくる。
このアルバムが発表された当時は、まだハードコアというジャンル(それの厳密な定義はここでは避けます。ケンカになるから)が確立されていなかった時代です。ハードコア寄りのバンドはあったけど、それらは伝統的な70年代のパンクの延長線上からは抜け出せていない印象です。
でもこの演奏はパンクから切り離されたハードコアがまさに爆誕した瞬間を記録しためちゃくちゃ貴重なものと言えるんじゃなかろうか。アプローチが伝統的なイギリスパンクではなくHRHM寄りだったからかもしれません。
ハスカードゥはその後、8ビートのパワーメタルのような、今のエモの原型のような音に変化していきます。ボブモールドさん独特の世界観とメラメラなギター音は変わりません。Suger の 「Copper Blue」も大好きです。
「You’re Living All Over Me」 Dinosaur Jr. /1987
Dinosaur Jr. もしくは J Mascis のソロを含むすべてのアルバムから一枚を選べと言われたら、いやー相当悩んじゃうな。いや、別に、誰にも訊かれていないんですが。
好きな曲はたくさんあります。なかでも Out there が最高傑作だと思っていますが、あの曲が収録されているアルバム全体でみると他に劣るんです。アートワークもちょっと怖くてなんだかイマイチです。
グランジブームも重なりバンドとして成功したアルバムは 「Without a Sound」 でしょうか。 Feel the Pain は詳しくない人でも知っている、周知された曲です。あの独特のリフとドラムが合わさったキモカワロックは彼にしか作ることができません。
でも、皆さん知っての通り、あのアルバムは全パートを J が担当している、ソロアルバムに近いものなんです。なので、バンドとしての Dinosaur Jr. のアルバムとは言えないでしょう。てか、ドラムもうまいんですよね...
私がこの記事を書くときにもう一つ最終候補に残したアルバムは「Hand it Over」なんですが、こちらもやはりソロプロジェクトに近い。だから結局「You’re Living All Over Me」をここに挙げました。
おそらくこのアルバムが名盤であることに異論がある人はいないはずです。それくらい評価の安定している一枚です。でも見落とされがち。
他のアルバムとの大きな違いは、やはりルーバーロゥさんの存在感なんでしょう。このアルバムだけ、はっきりとその存在感が感じられます。これ以降のアルバムは、やはり良くも悪くも「J」の音楽なんですよね。
J のスタイルは、唯一無二。HRでもHMでもHCでもPKでもない、不思議な世界でハマる人はドハマりする面白い音楽です。そして私が強調したいのは、実は彼は誰よりもキレッキレのストローク(カッティング)をします。
the wagon の間奏明け、out there のサビ前なんかの、バーバッ!ヅカッ!バーババー!はほんとたまりません。何度聴いても胸がいっぱいになります。Billie Joe Armstrong よりストローカーとしての素質は優れていると私は思ってます。まぁ、2人とも神の領域なんですが。
私は一度だけですがライブを見たことがあります。
2010年代なんですが、やはりこのアルバムから多くの曲を演奏していました。あのオリジナルメンバーのバンドの音なんですよね。そういう意味でもやはりこのアルバムはバンドメンバーにとっても特別なものなのでしょう。
ライブ前の J と廊下で遭遇して、目が合って泣きました。
「Wrong」 No means No /1989
ハードコア好きのほとんどの人が行きつく先が、このアルバムでしょう。
革新的です。今聞いてもまったく古くありません。アートワークもめちゃくちゃカッコイイ。ズルい。
カナダのハードコアバンドで、時期的にはD.O.A.の次世代に位置します。これ以前のアルバムはプログレ臭のするギター主体のロックなんですが、このアルバムは大変なことになってしまいました。一体ライト兄弟に何が起こったのでしょうか!?
とにかく聞いてみてください。繰り返すベースリフ、畳みかけるスネアの連打、うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉー!!!!ってなってきます。それくらいしか語彙に乏しい私には表現できません。
やっぱり技術はあるに越したことはない、それを体現する一枚です。表現したくなった時に技術に余白があると、形にできるという好例かもしれません。
今の段階で良いメロディやリフが思い浮かばない、そういうプロ志望の人はひたすら技術を磨くことに時間を費やしてみてはいかがだろうか。何なら、このアルバムのベースやドラムを完コピしてみてください。私には絶対無理だけど。
ZAZEN BOYS は確実にこのバンドの影響を受けていますよね。このアルバムにポテサラもしくはコオゥビーが収録されていてもあまり違和感がない、そう思います。いや、ふざけすぎか。
ところどころに入ってくる、YESっぽいベースラインもよいアクセントになっています。これがないとすごく単調になってしまうでしょう。やっぱり音楽はたくさん聴いてたほうがいいんだな。
「Blonder and Blonder」 the Muffs /1995
とにかくキムが好きだ。選出の理由はこれです。
別にこれで解説を終えてもいいのですが、スペースがあるのでもうちょっとお話をします。
私がキムを知ったのは、あなたと同じです。NOFXの「ロリメイヤーズ」です。途中でボーカルが切り替わり、ファットマイクからキムの声になります。
ぶっちゃけ、シャウトは誰でもできるのです。
うまいボーカルも腐るほどいる。
野太くファットでオイリーな声で歌える女性ロックボーカルもたくさんいる。
でも、安易な表現ではありますが、そこに感情を乗せることができる才能はまさに彼女のような「ギフテッド」にしかできないこと。
彼女の声は激しいだけではなく、危うさ脆さがあります。人生の瞬間を味わう楽天と悲観が同居する感情の音。それがカタマリとなって口から飛び出してくる感じと言ったらいいだろうか。
ファーストアルバムも文句なしでお勧めできる1枚です。でも、なんかマフスはやっぱり3ピースじゃなきゃいけない!だからこれを選びました。
過去のインタビュー記事を読むと、結構気難しい人で、女性ボーカルバンド特有のフラストレーションもあったようです。
たぶん女性という「くくり」で見られることは好きではないのでしょう。ここでジェンダートークをするつもりはまったくないのですが、女性だからできること、女性ということが強みになっている側面はあるし、それはそれで別にいいじゃん。
キムはおしゃれだし、かっこいいし、ギター姿が誰よりも似合うし、笑顔がかわいいです。
そして忘れてはいけないのが、あのおおらかそうなベースとドラム、お二人の存在です。奔放なキムをいい感じにコントロールしています。それこそがこのバンドの本当の魅力かもしれませんね。
「Ben Folds Five」 Ben Folds Five /1995
ここで取り上げるか迷いました。まぎれもない名盤なんですが、スルーしがちではなく誰もが聴いたことがある音楽だからです。
でもこの記事全体でのバランスを見たときに、この一枚を入れるだけで、紙面の雰囲気がガラッと変わる、そういう影響力はやはり無視できない、ということで、ここにご紹介させていただくことに。
このバンドの最大の特徴は、「素晴らしすぎるベーシスト」です。
天才は結構います。ベンフォールズというアーティストは紛れもないそれです。
天才は変な人、気難しい人が多いので、比較的簡単に時代に埋もれてしまいます。要するに「天才の縁取りをする別の天才たち」に恵まれなければいけない。
このベーシスト、ピアノでスカスカになりがちな音をオーバードライブをかけたブンブンうなるベースで、見事に埋めていきます。これがないとベンフォールズの素晴らしいピアノプレイとメロディは浮き立ってきません。
必要もないのにベースにODをかけているバンドもたくさんいる中、ほんとにお手本のような使い方と言えます。
実際に弾いてみるとわかるのですが、音の構成は5度がメインのコードのアルペジオなんですが、無駄を省いたシンプルかつ絶妙な音の入れ方で、きちんと聴かないと耳に入ってこないくらい自然なのです。
90年代はあらゆる業界で「超絶技巧」ブームでした。ロック界も例外ではありません。電動ドリルでギターを弾いていた人もいます。いや、ホントですよ。
でも、技巧がメインとなると本末転倒。技巧を我々素人に感じさせない、なぜかわからないけどとにかくカッコいい!すごい!と思わせるのがプロの仕事だと思います。
このベーシストはそれの良いお手本です。その功績はベンフォールズと同等かそれ以上でしょう。もちろん、ドラマーも素晴らしい!本当にいいバンドだったなー。
お金と時間に余裕ができたら、ピアノ教室に通って philosophy を弾けるようになりたいですね。だれか一緒にならいませんか?ピアノ。
「The Decline」 NOFX /1999
NOFX と言えば Punk in Drublic だろ、おまえ全然ワカッテネーナという声がモニターの向こうから聞こえてきます。いや、実際私もそう思います。あのアルバムは超名盤、90年代を象徴する一枚です。
でもだ、この記事のタイトルをもう一度見てください、こう書かれていませんか?
「スルーされがちな80/90年代のロックの名盤」
ということでこの1枚をピックアップしたんですが、こういう長尺のマキシシングルと呼ばれるものはたいてい駄作が多い印象だから、なおのことスルーされがちなんです。
でも、この The Decline は違います。この18分間にNOFXのすべてが凝縮されています。
私にとってはNOFXがパンクへの入り口でした。初めて自分で買って聴いて大好きになったパンクのアルバムがNOFXです。先述の Punk in Drublic と White Trash Two Heebs & A Bean の2枚です。
だからこのバンドへの思い入れは誰よりも強い、そう自負しています。
周囲に知っている人がおらず、なんて読むかわからなくて「エヌオーエフエックスってマジヤバいよな!」と言ってました。笑
彼らがほかの「メロコア」と違うところはたくさんあります。それはバランス感覚に優れていることでしょうか。極端な特徴が多数あり、それぞれが激しく主張するんだけど、うるさくならないように中和されているような、そんなイメージです。
メンバーもそれぞれ個性的で、まったく違うタイプの4人が奏でる音は、純然たるバンドの音でしょう。メロコアパンクと侮るなかれ。根底に流れているのピュアなロックのエッセンスです。
と、ライナーノーツのような表現になりましたが、ぜひ一度聞いてみてください。
「雲射抜ケ声」 eastern youth /1999
最後は日本のバンドで締めたいと思います。
パンクが好きな人には説明不要ですね。世代が合っていると間違いなく聴いたことがあるはずなのですが、今の20代の人は意識しないとたどりつかないところかなと思ってここに掲載をさせていただきました。
このバンド、よく「和」というキーワードで表現されますが、私はちょっと違うのではないかと思います。
私たちは意識しなくても、好きなメロディー、心地よく響く音色を頭の中にたくさん吸収していきます。プロになってしまう音楽家はそのインプットが一般の人とはケタ違いに多いはずです。
普通、パンクをやりたいと考える人たちは、その分野では最先端だったアメリカ、カナダ、イギリス、ドイツのバンドを聴きこんでそれが将来のバンドの骨肉になっていきます。詳しくは知りませんが、吉野寿さんも相当多くの音楽を聴きこんでいるはず。
それで出てくるのがあの音なのがすごいところだと思います。和でも洋でもない、でも日本の景色を思い出させる。そしてジャンルの枠からもはみ出ている。
たくさんのインプットをして、自分というフィルターを通してろ過されたものがあの音になった。だからあれは、彼の心の中にあるまさに「情景」なのでしょう。
この音、海岸のパンクファンにはすごく魅力的に映るのではないだろうか。私は純粋な日本人なので、安心感と心地よさを感じるのですが、向こうの人からすると、かなりエキゾチックな要素が欧米風のパンクサウンドと混ざり合って、不思議な感覚に陥るはずです。
私は2000年に一度だけライブを見たことがあります。
ピックが折れるんじゃないか、というくらい指先に力が入ってました。じゃら~ンって一掻きした後、手のひらをこちらに向けて絶叫するその姿は、まさに「パンクブッダ」のようだった。
まとめ:最近ではクラシックを聴くように
ということで、私が音楽に入れこんでいた二十歳前後に聴きまくっていた、8090年代のロック、特にパンクとハードコア寄りのラインナップで7枚をご紹介しました。
わたしと同世代で同じような音楽を好きだった人には、大いにうなずける選択だと思います。もちろん、ここに挙げなかったけど大好きなバンドはたくさんいます。
個人的な話なんですが、20代の後半に持っていたCDを一度すべて売却したんです。もちろん今回挙げたCDはすべて持っていました。パンクだけで200枚くらいあったんだけど、チクショウ、売らずに持っておけばよかったと、この記事を書きながら後悔しています。
そんな私も、歳とともに耳と心が疲れてきて、最近はショパンのピアノとかを好んで聴くフヌケになってしまいました。それでも、パンク/ハードコアが最高に盛り上がっていた時代を経験できてよかったなと思ってます。