「ピタゴラスの定理」でおなじみ、数学界における偉人として名高いピタゴラスですが、哲学者という側面から彼が残したものをもう一度考えてみようと思います。
アルケー論争に一つの結論、いや現代にまで通ずる肉体や感覚を超えたものの存在を定義しようという試みはまさに哲学といえますね。
ピタゴラスの経歴
紀元前570年ころ、エーゲ海のサモス島で職人の息子して生まれたと言われています。ソクラテスが誕生する約100年前ですね。ピタゴラスに関してはソクラテス同様、自身の著作が残っておらず(書かなかったのか、消失したのか?)確たる証拠が存在しないため、生没年、エピソードなどはあくまでも資料を信用するのなら、という但し書きが付いて回ります。
エジプトなど遠方まで旅をし数学、幾何学を学びます。そして、タレス(万物の根源は水といった哲学者)のもとで学んだあとピタゴラス教団という宗教集団を創設します。この教団は徹底的な節制と禁欲、そして数学の研究に重きを置いた少し変わった集団でした。そのためなのか教団は、かつて入信を断られた者の逆恨みによる扇動によって壊滅されてしまい、そのときにピタゴラス自身も殺害されてしまったようです。
哲学者バートランド・ラッセルは著書「西洋哲学史」内で、ピュタゴラスを哲学史上でもっとも偉大な一人だと高く評価していますし、少しあとのアテナイで誕生するプラトンも著書「国家」内で「ピタゴラス的な生き方」という言葉を使っています。のちの哲学者に多くの影響を与えていると言われています。
ピタゴラスの功績と主張
数学と音楽にみられる調和
ピタゴラス以前はミレトス学派と呼ばれる人たちが哲学をまさに作ったばかりの頃でした。この時哲学者たちはひたすらアルケー(事物の本質)とは?との問いの答えを出すことに躍起になっていました。
ピタゴラスはそこに理性という考えを初めて取り入れた人物とされています。その理性から生まれる数学や幾何学、音楽などを使って事物に規則性を当てはめて考えようと試みました。
音階に気がついたきっかけは鍛冶屋から出るハンマーで鉄をたたく音でした。音の違いは、そのハンマーの重さによって変化していることに気がつき、弟子にそれを詳しく調べさせてみると、やはりそこにはある決まりが存在することがわかったのです。
すなわち、音階は物が振動して生まれますが、その数学的比率によって聞こえてくる音が違ってくるということを突き止めたのです。この発見は自然界のあらゆるものの根源を解き明かす手掛かりになるとして「すべてのものは数でできている」という一つのアルケーに至ります。
数学や音楽は感情ではなく理性による活動なのでピタゴラスは特に重視しました。理性は穢れなき魂に宿り、理性を鍛え続けるには数学的思考が一番として、教団の弟子たちに実践させます。
面白い逸話として、ピタゴラスの定理を証明する過程で√2の存在がわかってしまったとき、その存在を必死で隠蔽したと言われています。無理数がそれまで築き上げてきた調和を壊してしまうと考えたからです。
ピタゴラス教団での禁欲と節制
ピタゴラスが創設したこの宗教集団はかなり変わっていました。なんと選抜試験は数学で、とても厳しかったようですし、オルフェウス教というすでに存在していた宗教の影響を受けて、魂の不死と輪廻転生を信じ、戒律を守り現世で徹底的に節制禁欲し、魂を浄化し輪廻の業から解脱しましょうというものでした。ここはなんだか仏教のようです。
パンをちぎって食べない、豆はいっさい口にしない、動物の心臓を食べないなど食に関する決め事も多かったようです。
この禁欲と先ほど述べた、数学と音楽を中心とした教養全般を重んじました。
禁欲と節制は、肉体というけがれたものと、魂との関係を断ち切るために行われましたが、ではその魂とは何かという問いに、それは理性だと答えたのがピタゴラスなのです。そしてその理性は、数学や音楽、この世界が持つありとあらゆる数字(法則)を探求することによって導かれるとしました。よく数学の公式や証明が「美しい」とまるで芸術のように語られることもありますが、まさにそれがピタゴラスの考えた調和による美しさが魂に良い影響を与えるとしたのです。
ピタゴラスがその後の哲学界に与えた影響
- 演繹的推理による厳密性を哲学に応用しようと試みた
- 理性は肉体ではなく魂とセットになっているから、肉体による悪影響を最小限にするために節制をし、理性的活動である数学によって魂を磨くように努めた
- 感覚的な世界を離れ、超感覚的な世界に思考を連れ出した。感覚を信用しない数学的秩序と調和が支配する神的世界はプラトンのイデア界に近い考え方。
まとめ:ピタゴラスの定理だけではなかったその功績
最終的に怒り狂った市民によって殺されるという悲しい最期となってしまいましたが、その試みはのちの哲学界に大きな影響を与えました。宗教の影響も多くありますが、魂の不死を信じ、肉体にとらわれることなく理性によって成長を続けましょうという考えは、のちのプラトン、そしてアリストテレスによる哲学や緒学問の誕生にもつながっていきます。
何よりも、今でも中学校の教科書に最重要事項として登場する定理が、今から2600年ほど前に発見されていたというのは驚きですよね。ただしこれは、彼がエジプトやメソポタミアに旅行した際に学んだかもしれないし(もしそうなら4000年ほど前にこの定理は発見されていたことになる)、ピタゴラス教団の中の一人が見つけたものかもしれません。はっきりした資料がないために余計に面白くなってしまっているのが、このピュタゴラスという哲学者です。